このコンテッサ900は10年程前まで自分自身が乗っていたもので、かなり入れ込んで製作していたが、インターネット経由で御注文頂いた日野コンテッサオーナーズクラブ員で、現在900も所有している鈴木陽一郎さんに色々情報協力して頂く過程で、感激する事実が分かった。僕の900は現在オーナーズクラブの静岡市部長である山河和雄さんの元でレーシングバージョンとなってジムカーナ等で活躍中であるという事だった。この車は僕自身非常に気に入っており、レストアもして日頃の足として活躍していたのだが、残念ながら10年程前に友人のバーの前に停車していた時、後ろからモロに衝突され、泣く泣く廃車にしたのだった。無理をして修理できたかもしれなかったのだが、丁度その時、非常に程度の良いSRの話が在って保管場所も無かった為、諦める事になった。余談だが、このSRの前オーナーは神谷さんといい筑波でヒストリックレースをしている方だった。これが御縁で友人ともなったのだが、この時筑波のヒストリック耐久レースで神谷さんとペアを組んでいたのが、大橋さんという前回御紹介した中内さんとミドルブリッジとして活動していた方であった。当時独自でF1を目指して活動していたミドルブリッジレーシングにこの時の縁で僕は御協力する事になり、このプロジェクトが後のブラバムになる訳だ。つまりもしあの時コンテッサが事故にあわなければ、多分その後の僕の人生は違っていたと思うし、現在のzacoの活動自体も御存知の方は要ると思うがプレゼンテーションモデルを落語研究会の先輩であった岸田に依頼した事から始まった訳で、それが無ければガレージメーカーZACOも無かったかもしれないのだ。その900が現在レーシングバージョンで走っているという事、とても嬉しかった。
ほぼ完成していた原型製作も更に熱が入ったのは当然であり、同時に写真のチームサムライ仕様が何としても作りたくなった。そこで、御存知の方も要ると思うがカリフォルニア在住で日本のキットを現地に紹介している塩沢さんがピート・ブロック氏と知り合いであるという事を以前聞いていたので、早々に御紹介頂き、現在このバージョンでのキット化の話も進めている。そこで問題となったのがこのマシン後部に書かれている日本文であった。情報によるとボブ(ロバート)・ダンハム氏の当時のガールフレンドが考えたというこの短歌の様な文章が分らないのだ。早速、自分のホームページにも記載し世界に向って?協力を発信した所、灯台基暮らしというか、我がzaco会員の結城さんより『いざ征かむ 目にものみせん 青い目の大和魂 コンテッサ駆り』1300だとこう書いてあるというメールが来た。ただ写真から判断すると900は少し違って見える為、現在更に調査中である。オーナーズクラブの方も1300がメインの為、不明らしい。読者の方で御存知の方いらっしゃいましたら、是非御協力下さい。